1997年4月13日、日曜日。21歳のタイガー・ウッズは通算18アンダー、270でマスターズを制した。2位のトム・カイトとは12打差。どちらの数字も、それまでの大会記録を塗り替えている。
この年のオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは6,925ヤードであった。22年後、5度目の優勝を飾った2019年には7,475ヤード。あいだに加えられた550ヤードは、この21歳が見せたゴルフと無関係ではない。
大会の全体像はマスターズとは ── 緑の聖域オーガスタが紡ぐ、ゴルフ最高峰のドラマに譲る。ここでは1997年の4日間と、その後にクラブがコースに施した改造をたどる。
アウト40から
初日、最初の9ホールは40であった。序盤からボギーを重ね、4オーバーで折り返す。
インに入ると、別の選手になった。10番から18番を30。15番パー5では、ティショットのあと残り151ヤードをピッチングウェッジで打ち、1.2メートルにつけてイーグルを奪っている。パー5が、彼にとってはパー4と変わらなくなっていた、と本條強は書く。
2日目66、3日目65。54ホールを終えて、2位とは9打差がついていた。3日目に同組で回ったコリン・モンゴメリーは、前年に6打差を失ったグレッグ・ノーマンの例を記者に持ち出されると、「タイガーはノーマンとは違う」と返している。1996年の日曜日についてはグレッグ・ノーマンの悲劇 ── オーガスタで三度、2位に終わった男に書いた。
最終日は69。それまでの72ホール最少記録は、1965年のジャック・ニクラウスと1976年のレイモンド・フロイドが持つ271。これを1打下回った。優勝の打差でも、1965年のニクラウスの9打差を3打上回る。12打差は、2026年大会を終えたいまも、大会史上最大の打差として残っている。
1975年、リー・エルダーが黒人選手として初めてこの大会に出場した。それから22年。白人以外の選手がグリーンジャケットに袖を通したのも、この年が初めてであった。
「意味のないコース」
米国の記者マイク・ベラルディーノは、この4日間を追った記事を書いた。ゴルフ誌Choiceの別冊(1997年12月)に掲載されたものである。のちに『マスターズを巡る物語』に収められたその記事によれば、3日目のタイガーは第2打を9番アイアンやウェッジで打ち、グリーンを次々にとらえていった。
それを見たニクラウスは、頭を振りながらこう語ったという。
「タイガーみたいに飛べば、いくらだって簡単にゴルフができる。でも誰にもあんなプレーは真似できないよ。彼はここをまるで意味のないコースに変えてしまった」
── ジャック・ニクラウス(マイク・ベラルディーノ「タイガーがマスターズで勝った日」、『マスターズを巡る物語』ゴルフダイジェスト社)
ニクラウスは続けて、ボビー・ジョーンズがこの場にいないことを惜しんでいる。かつてジョーンズが自分に贈ってくれた言葉を、この若者にそのまま贈れただろうから、と。1965年、9打差で勝ったニクラウスを、ジョーンズは「彼は私の知らないゲームをする(He plays a game with which I am not familiar.)」と評した。
タイガーにとってこのコースはパー60台とすべきだ、という議論まで出た。タイガー本人は「現実的にはパー70が妥当だろう」と応じ、「13番と15番ではアイアンで2オンを狙えた」と付け加えている。
2002年、7,270ヤード
1998年にクラブの会長となったフーティ・ジョンソンは、翌1999年の大会から、フェアウェイの脇に短いラフ(セカンドカット)を設けた。
その間にタイガーは、2000年の全米オープン、全英オープン、全米プロ、そして2001年のマスターズと、メジャー4大会を続けて制している。
2001年の大会を終えると、ジョンソンは設計家のトム・ファジオとともに大規模な改造に手をつけた。9つのホールでティが下げられ、フェアウェイバンカーが広げられる。加えられた距離はおよそ285ヤード。全長は7,270ヤードとなった。18番ではティが55〜60ヤード後ろに移り、左のフェアウェイバンカーを越えるには320ヤードのキャリーが要るようになった。
海外のメディアは、これを「タイガー・プルーフ(タイガー対策)」と呼んだ。ジョンソン自身は、目的を「コースを時代に合わせておくこと(Our objective is to keep the course current.)」と説明している。
本條強は、改造のねらいを、ティショットを飛ばしても有利にならないようにすることだったと書く。ニクラウスもノーマンもタイガーも、これに賛成したという。選手たちの言い分は「パー4では、第2打をミドルアイアンで攻めることになるのがマスターズだ」というものであった。2006年の改造を発表した際にも、ジョンソンは、ジョーンズとマッケンジーが意図した一打の価値を保つためだと説明している。二人がこのコースに込めた意図は二人の天才の出会い ── ジョーンズとマッケンジーが森の中に作ったリンクスに詳しい。
2006年には、さらに6つのホールが伸びて7,445ヤード。2026年大会のスコアカードは7,565ヤードを数える。
伸びたコースで
改造後、最初の大会となった2002年も、タイガーが勝った。2位のレティーフ・グーセンに3打差。2005年には16番のチップインを経て、クリス・ディマルコとのプレーオフを制し、4度目のグリーンジャケットを手にする。
その後は腰の故障と手術が重なり、2014年、2016年、2017年のマスターズを欠場した。
2019年の18番
2019年4月14日。43歳のタイガーは、2打のリードを持って18番ティに立った。ティショットはフェアウェイ。第2打はグリーンの手前右に外れる。アプローチでピンを越えたところに止め、パーパットは外れたが、ボギーで足りた。通算13アンダー。ダスティン・ジョンソン、ブルックス・ケプカ、ザンダー・シャウフェレに1打差。14年ぶり、5度目の優勝であった。
本條は、この18番の上がり方を、ジョーンズとマッケンジーがアベレージ・ゴルファーのために用意したルートを、タイガーがあえて選んだものだと書いている。18番の造りはオーガスタ終盤の読み解き ── 15番から18番、勝負が決まる四ホールに詳しい。
1997年、ニクラウスはタイガーを見て、このコースを「意味のないコース」にしたと言った。22年後、550ヤード長くなった同じコースの最終ホールを、タイガーは2打の貯えのうち1打を使って上がる。ジョーンズがこれを見ていたら、どんな言葉を贈っただろうか。
参考文献
主要参考文献
本條強『マスターズ ——ゴルフ「夢の祭典」に人はなぜ感動するのか』ちくま新書、2021年 マイク・ベラルディーノ「タイガーがマスターズで勝った日」(『マスターズを巡る物語』ゴルフダイジェスト社、2021年 所収。初出:Choice別冊、1997年12月)
書籍内引用
ジャック・ニクラウスの発言、タイガー・ウッズの発言(『マスターズを巡る物語』p.166〜170) 1997年初日15番の記述(本條上掲書、p.195) コリン・モンゴメリーの発言、2002年の改造と選手たちの言葉(同、p.196/p.206〜207) 2019年18番の上がり方についての見方(同、p.254) フーティ・ジョンソンの発言(GolfMagic「Augusta made Tiger proof」2001年8月) ボビー・ジョーンズの発言(World Golf Hall of Fame、1965年大会の記事) フーティ・ジョンソンの2006年改造に関する説明(AP通信「Augusta National getting even longer」2005年)
補足参照
Masters Tournament 公式サイト〈https://www.masters.com/〉(2026年10月閲覧) Golf Digest「Tiger Woods set or tied 27 Masters records in 1997」〈https://www.golfdigest.com/story/tiger-woods-set-or-tied-27-masters-records-in-1997-here-they-are-and-how-they-have-held-up〉(2026年10月閲覧)