アーメンコーナーを抜けても、マスターズは終わらない。
11番から13番の難所を切り抜けた選手を、さらに四つのホールが待ち受ける。15番から18番。
栄冠は、しばしばこの終盤で決まる。一打のミスが優勝を遠ざけ、一打の奇跡が歴史を変える。ここでは、その四ホールを読み解く。
15番 ファイアソーン ── 世界を駆けめぐった一打
物語は、1935年にさかのぼる。
マスターズはまだ第2回、無名に近い大会だった。
最終日、ジーン・サラゼンは、首位のクレイグ・ウッドに3打差をつけられていた。
ウッドはすでにホールアウトし、勝利を確信していたという。
サラゼンが15番に差しかかったとき、優勝の目は、ほとんど消えかけていた。
パー5、当時およそ485ヤード。
第2打は、グリーン手前のクリークを越える235ヤード。
同伴のウォルター・ヘーゲンが早く打てと急かすなか、サラゼンは4番ウッドを選ぶ。
放たれた球はグリーンの手前に落ち、転がり、そのままカップへ消えた。
ダブルイーグル、パー5を2打で上がる、アルバトロスである。
3打差は、この一打で消えた。
サラゼンはウッドに追いつき、翌日の36ホールのプレーオフを5打差で制する。
この一打はのちに「世界を駆けめぐった一打」と呼ばれ、若いマスターズの名を一気に世界へ知らしめた。
当時のサラゼンは33歳。
四大大会のすべてを生涯のうちに制覇する、史上最初の一人となった。
15番は、いまも勝負を分けるホールであり続けている。
グリーンを狙えばイーグルの好機、しかし手前には池が待つ。
攻めるか、刻むか。
その選択が、日曜の順位をしばしば入れ替える。
なお、グリーン手前の池が現在の位置に造られたのは1949年のこと。
サラゼンが越えたのは、池ではなくクリークであった。
16番 レッドバッド ── 水を越える歓声
15番に続く16番は、池越えのパー3である。
ティから放たれた球が、水面の向こうのグリーンを狙う。
距離は短いが、緊張は高い。
このホールは、歴史的な瞬間を幾度も生んできた。
1975年、ジャック・ニクラスがここで長いバーディーパットを沈め、5度目の優勝へと駆け上がる。
2005年には、タイガー・ウッズが、グリーンの奥からのチップインを決めた。
転がる球がカップの縁で一瞬止まり、やがて落ちる。
あの場面を記憶する人は多い。
日曜には、このグリーンにホールインワンの歓声が響くこともある。
マスターズの終盤で、もっとも沸く場所のひとつである。
17番 ナンダイナ ── 木が消えた風景
17番は、長くひとつの木とともに語られてきた。
アイゼンハワー・ツリーである。
フェアウェイ左、ティからおよそ210ヤードの位置に立っていた、樹齢100年を超えるテーダ松。
クラブの会員であったアイゼンハワー大統領が、この木にあまりに何度も球を当てるため、1956年、当時の会長クリフォード・ロバーツに伐採を願い出た。
ロバーツは、これを退ける。
木はその後も立ち続け、大統領の名で呼ばれるようになった。
選手たちは、この木を越えるか、右から回り込むかを迫られた。
17番のティショットを難しくしていたのは、この一本だった。
しかし、2014年2月、木は姿を消す。
大規模な氷の嵐で深い損傷を受け、ついに撤去された。
木が消えたあと、17番のティショットは、まっすぐな一打へと変わる。
風景は、もう同じではない。
18番 ホーリー ── 上りの結末
最後の18番は、上りのパー4である。
ティから放たれた球は、左右のバンカーと木立のあいだを抜けていく。
グリーンは小高く、最後まで気を抜けない。
1988年、サンディ・ライルは、この18番のフェアウェイバンカーから運命の一打を放つ。
砂の上から放たれた球はグリーンに乗り、バーディーを奪って優勝を決めた。
英国出身の選手として初めて、グリーンジャケットに袖を通した瞬間であった。
のちに彼は、あのバンカーでは空しか見えなかったと振り返っている。
18番のグリーンは、勝者が最後の一歩を刻む場所でもある。
大観衆に包まれ、優勝者がここを上がってくる。
その光景こそ、マスターズの締めくくりにふさわしい。
四ホールが語るもの
15番から18番は、栄光と落胆の両方を生んできた。
一打で歴史をつくった者がいる。
一本の木に泣いた者がいる。
バンカーから栄冠をつかんだ者がいる。
この四ホールが勝負を決することを、もっとも鮮やかに示したのが、1986年のジャック・ニクラスだろう。
46歳での最終日、15番でイーグルを奪い、16番、17番と連続バーディーをもぎ取る。
バックナインをわずか30で回り、6度目の、そして最年長のグリーンジャケットを手にした。
終盤の数ホールが、一人の選手の生涯を締めくくる栄光に変わる。
この場所には、そういう力がある。
この終盤を、ただ難所として眺めるだけでは惜しい。
一打ごとに刻まれた物語を知ってこそ、目の前の攻防は深く見えてくる。
参考文献
- 本條強『マスターズ ゴルフ「夢の祭典」に人はなぜ感動するのか』ちくま新書、2021年
- 1935年マスターズ(サラゼンのダブルイーグル)について:Wikipedia/Golf Channel ほか(2026年6月閲覧)
- アイゼンハワー・ツリー(2014年2月撤去)について:AP通信/Golf Digest ほか(2026年6月閲覧)
- Masters Tournament Official, https://www.masters.com/
※情報は2026年6月時点のものです。
