マスターズの観客に向けて、ボビー・ジョーンズの名で書かれた短い文章がある。日付は1967年4月。65歳のジョーンズは、前年にオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブから永久会長の称号を贈られていた。観戦ガイドの最初のページに、いまも掲げられていると報じられている文章である。書き出しはこうである。
「ゴルフにおいては、エチケットと礼節の慣習は、プレーを律するルールと同じく重要である」 (In golf, customs of etiquette and decorum are just as important as rules governing play.)
── ボビー・ジョーンズ(1967年4月、観客への文章。マスターズ観戦ガイド所収)
文章は続く。難しいショットの成功には、その難しさに応じて拍手を送ればよい。だが、選手のミスや不運に拍手や歓声を上げることほど、ゴルフを愛する者を悲しませるものはない、と。
ルールと同じ重さで扱われる「慣習」とは、何を指していたのか。手がかりは、ジョーンズ自身が1927年から1935年にかけて新聞に書き続けたコラムにある。のちに選び直され、書き下ろしの結びの章を加えて一冊にまとめられた。日本では『ゴルフのすべて』(永井淳訳)として読める。
大会の全体像はマスターズとは ── 緑の聖域オーガスタが紡ぐ、ゴルフ最高峰のドラマに譲る。
素振りをする権利
『ゴルフのすべて』に「素振りのマナー」という一節がある。ジョーンズは、まずルールの側から話を始める。ルールに素振りを禁じる条項はない。ライを改善したり、ハザードで砂に触れたりしないかぎり、プレーヤーはどの方向にも好きなだけ素振りをしてよい。
ルール上の権利はこのように明らかだが、周囲に迷惑をかける道徳上の権利はそれほど明らかではない、とジョーンズは続ける。そして、こう書く。
「ゴルフの倫理はすべてのプレーヤーに一打一打を慎重にプレーする妥当な権利を認めているが、同時に必要以上に遅延することなくボールに歩み寄って仕事を終らせる義務を課している」
── ボビー・ジョーンズ(『ゴルフのすべて』永井淳訳、ゴルフダイジェスト社)
ルールが許すことと、倫理が求めることを分けて考える書き方である。スウィングの最中に、後ろでクラブが空を切る音が聞こえるほど腹立たしいことはない、とも書く。ルールの上では何の問題もない行為が、同じ組の人間の午後を損なう。弁護士でもあったジョーンズらしい、法と倫理の分け方とも読める。
スロー・プレーと若者
スロー・プレーをめぐる一節も、同じ筋道をたどる。見せびらかしや、相手のペースを乱すことが目的でなければ、スロー・プレーが非難されるいわれはない。それでも、ゴルフ全体の繁栄を考えればスロー・プレーはやはりよくない、とジョーンズは書く。一打ごとに時間をかけるラウンドほど、観客の興味を殺ぐものはない。慎重さの度合いは人によって違い、用意ができるまで打つことを強いられるべきではない、とも認めている。
目を引くのは、年配の者と上級者にこそ、遅れを避ける特別な努力を求めている点である。理由は「彼らのお手本が後進の若者たちに影響を与えるから」。作法は、上手な者から次の世代へ手渡されていく、という見方である。
セント・アンドルーズのギャラリー
1967年の文章が求めた「難しさに応じた拍手」とよく似た光景を、ジョーンズは若い頃に見ている。
初めてセント・アンドルーズを訪れたのは1921年、19歳で全英オープンに出場したときであった。この大会の顛末は球聖ボビー・ジョーンズ ── 頂点までの28年に書いた。
『ゴルフのすべて』によれば、大会前の練習ラウンドについたのは、クラブのメンバーと町の住民からなる少数のギャラリーだった。フェアウェイのありふれたライからのナイスショットには、ほとんど反応がない。アメリカのギャラリーとはあまりにかけ離れた態度だった、とジョーンズは振り返っている。ところが、難しいライからスプーンやブラッシーでうまく打つと熱狂する。一流の選手なら打てて当然のショットには沸かず、「特別難しいショットに成功したときは拍手喝采を惜しまなかった」。
彼らは全員ゴルファーだった、と書き添えてある。ショットの難しさを知る者は、拍手の大きさを変える。それとよく似た考えを、ジョーンズは46年後の1967年の文章で、オーガスタの観客に示している。パトロンという呼び名と観戦の作法についてはパトロンと呼ばれる観客たち ── オーガスタが守る観戦の流儀に詳しい。
二本の指
『ゴルフのすべて』の結びの章で、ジョーンズは過去30年のゴルフの変化を振り返っている。用具も芝も、選手のパッティングも良くなった。そのなかで、好ましくないこととして挙げたのが、グリーン上でボールを拾い上げて拭く回数の多さであった。
かつては、ティから打ち出したボールにはカップから取り出すまで手を触れない、というのが基本の原則だった、とジョーンズは書く。拾い上げるのは、同伴競技者のプレーの邪魔になるときなどに限られた。その場合も元の場所に正確に戻せるよう注意を払い、ボールについた泥はそのままにした。拾ったボールはポケットに入れず、グリーンの上を転がさず、戻すまで「二本の指で注意深くつままれていた」。拭く回数を減らせばプレーは速くなり、選手にも観客にも得になる、というのがジョーンズの結論である。
「ゴルフとは呼んでくれるな」
ルールそのものを変えることについても、ジョーンズは慎重だった。カップを大きくする実験が話題になったとき、ジョーンズは、ホールを大きくしてもゴルフというゲームが良くなるとは思わないと書いた。そして、その種の議論の場で耳にしたという一言を書き留めている。
「いいとも、カップの大きさを好きなサイズに変えてくれ。だがそのときは、そのゲームをゴルフとは呼んでくれるなよ」
ルールの変更には慎重で、作法には細かい。二つは、ゲームをゲームのまま次の世代へ渡したいという、同じ考えから出ているように読める。1925年の全米オープンで、アプローチの際にボールがわずかに動いたのを、誰も見ていなかったにもかかわらず自ら申告し、1打罰を加えたのも、同じ人であった。
4月のオーガスタで、パトロンはミスに声を上げず、難しいリカバリーにひときわ大きな拍手を送る。ルールブックには書かれていないその決まりを、観客に向けて言葉にしたのは、この大会を創った人であった。
参考文献
主要参考文献
ボビー・ジョーンズ『ゴルフのすべて』永井淳訳、ゴルフダイジェスト社(写真入り新装版。原書は1927〜1935年の新聞コラムに書き下ろしの結びの章を加えたもの。邦訳は約1割を省いた抄訳) 杉山通敬『マスターズを創った男 球聖ボビー・ジョーンズ物語』廣済堂出版、1998年
書籍内引用
素振り、スロー・プレー、カップの大きさをめぐる記述(『ゴルフのすべて』p.269〜272、p.275〜278) セント・アンドルーズのギャラリー(同書 p.320〜321) グリーン上のボールの扱い(同書 p.339〜340)
補足参照
ボビー・ジョーンズの観客への文章(1967年4月)── The Atlanta Journal-Constitution「What rowdy golf fans? Not at the Masters」(2018年4月、観戦ガイドの最初のページに掲載と報道)、The A Position「The Little Green Book: Masters Spectator Guide」(「written in April 1967」)、National Club Golfer「The rules of Augusta: the do’s and don’ts of Masters week」による(2026年10月閲覧) 1925年全米オープンの罰打申告(杉山通敬上掲書、p.78〜79)