1920年、一人の男が、ゴルフコース設計について一冊の薄い本を著した。
著者は、ヨークシャーの外科医からコース設計家へ転じたアリスター・マッケンジー。
書名は『ゴルフコース設計論』
そのなかで彼は、理想のコースが備えるべき条件を、13の原則にまとめている。
それから一世紀。オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブのフェアウェイを歩く者は、知らぬうちに、この13カ条の上を歩いている。
一冊の小さな本から
マッケンジーがこの本を書いたころ、コース設計には一つの風潮があった。
コースを難しくすること、プレーヤーを罰すること。
当時のゴルフ界では、難所を増やし、罰を厳しくすることこそ、優れた設計の証と見なされていた。
フェアウェイを真横に横切るバンカーの列、不自然に盛り上げられたグリーン、深く刈り残された草。
腕の劣る者ほど、容赦なく打数を失っていく。
設計家は、いかに打ち手を痛めつけるかを競っているかのようだった。
マッケンジーは、その流れに背を向ける。
彼が理想としたのは、セント・アンドリュースのオールドコースだった。
攻め方が一つに定まらず、プレーヤー自身に選択を委ねる、あの古い土地。
何世紀ものあいだ自然のままに残されたリンクスにこそ、ゴルフの本来の姿がある ── そう考えた設計家にとって、13カ条は思いつきの寄せ集めではなく、一つの首尾一貫した思想だった。
薄い一冊にすぎなかったこの本は、のちの設計家たちが幾度も立ち返る原典となる。
流行り廃りに揺れない、ゴルフそのものの条件 ── 13カ条が不変の原則と呼ばれるのは、そのためである。
この男がいかにしてその思想にたどり着いたかは、別の一篇に詳しい。
神の大地を造形した男 ── アリスター・マッケンジーの生涯
十三の原則
マッケンジーが挙げた、理想のコースが備えるべき条件は、次の13である。
- 18ホールを、9ホールずつ2つのループに分ける。
1番からでも10番からでも、回り始められる。 - グリーンに2打で届くパー4を大部分とし、ドライブとピッチで届く短いパー4を2〜3、
パー3を少なくとも4つ取り混ぜる。 - グリーンと次のティーを近づけ、後戻りせずに進めるようにする。
同時に、将来コースを延ばせる余地を、初めから残しておく。 - グリーンとフェアウェイに、十分な起伏を持たせる。
ただし、急な上り下りで体力を奪わない。 - すべてのホールに、それぞれ異なる表情を与える。
- グリーンを狙う一打で、目標の見えないブラインドを極力なくす。
- 美しい景観を保ち、人の手で造ったものを、自然と見分けがつかないほどに溶け込ませる。
- ティーから果敢に挑む見せ場を用意しつつ、非力な打ち手には、常に別の安全な道を開いておく。
- 求められるショットを多彩にする。
大胆なブラッシー、抑えたアイアン、すぐ止まるピッチ、転がすランニングアプローチ。 - ボールを探す煩わしさや苛立ちを、まったく感じさせない。
- スクラッチを超える名手すら絶えず刺激し、これまで打てなかったショットに挑みたくさせる。
- ハンディキャップの多い者や初心者が、たとえ大叩きをしても、なお楽しめる。
- 夏も冬も、変わらず良い状態を保つ。
グリーンとフェアウェイは一体で、アプローチもグリーンと同じ質を備える。
歩く者への配慮
13カ条を読んで、まず気づくことがある。
壮大な設計思想と並んで、ごく実際的な配慮が、同じ重みで置かれている。
歩く距離を抑えること(第1条)。
グリーンから次のティーへ、後戻りせずに進めること(第3条)。
狙う目標が、きちんと見えること(第6条)。
そして、球を探して苛立つ場面を作らないこと(第10条)。
これらは、コースの格調とは無縁に見えるかもしれない。
だが、マッケンジーは、ラウンドを一つの体験として捉えていた。
歩き疲れ、来た道を引き返し、見えない目標へ打ち、藪のなかで球を探す ── そうした小さな苛立ちの一つひとつが、ゴルフの喜びを静かに削っていく。
設計家は、プレーヤーの足元から考えなければならない。
偉大なコースは、決して人を煩わせない。
手強さと心地よさは、彼のなかで少しも矛盾しなかった。
隠すこと、選ばせること
13の条文は、ばらばらに見えて、二本の太い糸で貫かれている。
一本は、隠すこと。
第7条にあるとおり、人の手で造ったものを、自然と見分けがつかなくする。
バンカーは風が削った砂丘のように、グリーンの起伏は大地がもともと波打っていたかのように。
マッケンジーが戦場で学んだ偽装の技術が、ここで芝の上に立ち現れる。
コースに人工の匂いを残さないことは、彼にとって美意識であると同時に、設計の根本原理だった。
もう一本は、選ばせること。
第8条と第9条が、その核心にある。
ティーから池や谷を越えて近道を狙うか、安全に刻むか。
転がして寄せるか、高く上げて止めるか。
コースは、攻め方を一つに強制してはならない。
プレーヤーの技量と度胸に応じて、いくつもの道が開かれている。
罰するのではなく、選ばせる。
腕に覚えのある者は危険を冒して報酬を狙い、自信のない者は遠回りでも確実な道を行く。
どちらも正解であり、どちらにも相応の結果が待つ。
一打ごとに突きつけられるこの問いが、コースに知的な緊張を与える。
この一点こそ、マッケンジーが当時の「難しいだけのコース」に投げかけた、静かな反論であった。
最も重要な原則 ── すべての腕前のために
13のなかでも、マッケンジーがとりわけ重んじた考えがある。
コースは、最大多数のプレーヤーに、最大の喜びを与えるものでなければならない。
第11条と第12条は、一見すると相反する。
名手を飽きさせないほど手強く、しかし初心者が大叩きをしても楽しめる。
両立は難しい。だが、マッケンジーにとって、この二つを同時に満たすことこそ、偉大なコースの証だった。
上手な者だけが楽しみ、下手な者がただ痛めつけられるコースは、設計として失格である。
アンダーパーを狙う名手には最高の戦略を要求し、ハンディキャップの多い者にも逃げ道を残す。
同じ18ホールが、あらゆる腕前の打ち手に、それぞれの挑戦と喜びを差し出す。
その思想を、グリーンの起伏(第4条)をめぐる確信がよく表している。
当時は、グリーンは真っ平らであるべきだという考えが根強かった。
マッケンジーはこれに与しない。
自然のアンジュレーションとは、小さな人工の丘を撒き散らしたものではなく、広い窪みと深い窪みが大きくうねる地形である。セント・アンドリュースのグリーンこそ、その手本だった。
平らなグリーンは易しく、そして退屈である。
大きくうねるグリーンは、寄せにもパットにも判断を強い、何度回っても飽きさせない。
難しさは、目的ではない。
喜びこそが目的であり、難しさはそのための手段にすぎない。
一世紀前に書かれたこの逆説は、いまも色あせていない。
オーガスタという答え
13カ条が机上の空論でないことを、マッケンジー自身が一つのコースで証明した。
ボビー・ジョーンズとともに森の中に築いた、オーガスタ・ナショナルである。
深いラフは、ない。
打ち損じた球も見つかり、探す苛立ちとは無縁である(第10条)。
グリーンは大きくうねり(第4条)、固く速い。
ティーからは果敢な近道が誘い、刻めば安全な道も残されている(第8条)。
転がしで攻めるか、上げて止めるか、ホールごとに問いが変わる(第9条)。
池も樹々も、そこに在って当然と見えるほど、風景に溶け込んでいる(第7条)。
そして、世界の名手を毎年退け続けながら、なお美しく、楽しい(第11条・第12条)。
前半の9ホールと後半の9ホールが、それぞれ大きな輪を描く(第1条)。
アザレアの咲く樹々も、コースを横切る小川も、あたかも昔からそこにあったかのように景色になじむ。
初めて訪れた者には、どこまでが自然で、どこからが人の手か、見分けがつかない。
マッケンジーが13カ条に込めた理想が、ジョージアの森に、そっくりそのまま立ち上がっている。
二人がいかにしてこのコースを生み出したかは、稿を改めて語った。
一世紀ののちに
マスターズに訪れた観客は、1920年にある設計家が書き留めた設計の、その答え合わせを見ている。
うねるグリーン、果敢な近道、自然に隠された人の手。
どれもが、13カ条のいずれかに対応している。
13カ条が古びないのは、それが特定の様式ではなく、ゴルフという競技そのものの条件を言い当てているからだろう。
道具は進化し、飛距離は伸び、コースは長くなった。
それでも、選ぶ楽しみ、自然との調和、あらゆる腕前への配慮という核は、変わらない。
流行を追った設計が次々と古びていくなかで、この13だけが、なお現役であり続けている。
優れたコースとは何か。
マッケンジーの答えは、一世紀を経てなお、その問いの最良の手引きであり続けている。
次にオーガスタのフェアウェイを思い描くとき、そこに引かれた一本一本の線の背後に、この13の原則を見ることができるだろうか。
参考文献
- アリスター・マッケンジー「ゴルフコース設計論」(原著 Golf Architecture, 1920/迫田耕 訳『マスターズを巡る物語 マッケンジー博士の「ゴルフコース設計論」収録』Choice選書、2021年 所収)
- Masters Tournament Official, https://www.masters.com/
2026年6月更新

