オーガスタ・カントリークラブ ── 小川を隔てた、もう一つの名コース

毎年4月、世界中の視線がオーガスタ・ナショナルに注がれる。
だが、その13番ホールの先、レイズ・クリークという小川をひとつ隔てた向こうに、もう一つのコースが静かに横たわっていることを知る人は、それほど多くない。

オーガスタ・カントリークラブ。
ナショナルよりも30年以上も古く、若き日のボビー・ジョーンズが幾度も歩いたコースである。

1899年、オーガスタのゴルフ

物語は、マスターズのはるか以前にさかのぼる。

このクラブの源流は、19世紀末に生まれた9ホールのコース、ボン・エア・ゴルフクラブにある。
当時のオーガスタは、温暖な気候を求める北部の富裕層が冬を過ごす保養地で、その中心にあったボン・エア・ホテルと深く結びついたコースだった。
記録に現れるのは1899年。やがてクラブは名を改め、コースは18ホールへと広がっていく。
2024年には、そこから数えて125年を迎えた。オーガスタで最初に生まれたゴルフクラブであり、アメリカでも早い時期のクラブのひとつである。

現在のコース、ヒル・コースに決定的な姿を与えたのは、20世紀前半を代表する設計家、ドナルド・ロスだった。
スコットランドのドーノックに生まれ、全米各地に名コースを刻んだロスは、1920年代にこのコースを設計し直している。クラブは2000年代の初め、ロスが1927年に遺した図面に基づく復元を行い、その設計思想を現代によみがえらせた。
全長はおよそ6771ヤード。起伏に富んだ地形に、ロスらしい戦略が息づいている。

球聖が歩いたフェアウェイ

このコースを語るうえで欠かせないのが、ボビー・ジョーンズの存在である。

ジョージア州に生まれ育ったジョーンズは、1920年代、このコースに足しげく通った。
のちに共同創設者となるクリフォード・ロバーツと親交を深めたのも、冬のオーガスタでのことだった。

とりわけ深い縁を結ぶのが、1930年のサウスイースタン・オープンだ。
この大会は、オーガスタ・カントリークラブとフォレストヒルズの二つのコースで行われた。
ジョーンズは13打差の大勝でこれを制する。
そしてこの1930年、彼は全英・全米のオープンとアマチュアを制し、年間グランドスラムという前人未到の偉業を成し遂げる。
オーガスタでの快勝は、その運命の一年の、早い時期に刻まれた勝利だった。

ロスとジョーンズには、もうひとつの糸がある。
ジョーンズが選手として勝利を挙げたイースト・レイクやサイオートは、いずれもロスの手によるコースだった。
やがて自らのコースを南部に築こうとしたとき、設計者の候補として、ロスの名も挙がったといわれる。
だが最終的に、ジョーンズが選んだのはアリスター・マッケンジーだった。
その分かれ道の先に、オーガスタ・ナショナルが生まれる。小川の向こうの姉妹コースには、同じ物語の、もう一つの結末が刻まれている。

小川の向こうの隣人

二つのクラブは、文字どおり背中合わせに建っている。

両者を隔てるのは、一枚のフェンスと、レイズ・クリークの細い流れだけである。
オーガスタ・カントリークラブの敷地は、ナショナルの12番グリーンから13番ティにかけての一帯 ──アーメン・コーナーの奥── と境を接している。
世界が息をのむあの一角の、すぐ裏側にあたる。

二つのクラブの関わりは、土地にも及ぶ。
2017年、オーガスタ・ナショナルはカントリークラブから土地を取得した。
これは、13番ホールのティを後方へ約35ヤード延ばすために使われている。
近年のマスターズで見られる13番の変化は、この隣人の土地の上に成り立っている。

会員のなかには、二つのクラブを掛け持ちする者もいる。
世界が熱狂するコースを隣に持ちながら、その物腰はいたって涼しい。
あの喧噪を少し離れて眺める、静かな特等席。
それが、この隣人の居場所である。

プレーをめぐる現実

では、このコースでプレーすることはできるのか。
正直に記せば、容易ではない。

オーガスタ・カントリークラブは、会員制の私的なクラブである。
会員数はおよそ1300。一般に開かれた観光コースでも、料金を払えば回れるリゾートでもない。
プレーは原則として、会員の同伴か招きによる。
ほかの名門クラブの会員が、正式な紹介を通じて回れる場合もある。

海外から訪れる者にとって、その門は決して低くない。
だが、だからこそ、という見方もできる。喧伝されることのない静けさと、世界の聖地に隣り合うという立地。
それらは、たやすく手が届かないからこそ、価値を保ち続けている。

小川の、こちら側

マスターズの一週間、世界の目はフェンスの向こうに釘付けになる。
だが、その同じ小川のこちら側にも、ゴルフの歴史はもう一筋、静かに流れている。

一世紀にわたって受け継がれてきたロスの設計と、球聖が歩いた記憶。オーガスタを訪れるとき、小川の向こうばかりでなく、こちら側にも目を向けてみる。
そこには、もう一つのオーガスタの物語がある。

参考文献

  • Augusta Country Club(公式情報)
  • LINKS Magazine「Augusta Country Club, Georgia」
  • Wikipedia「Augusta Country Club」「Southeastern Open」
  • Golf Club Atlas「The Dream Decision」(Tom MacWood)ほか(2026年6月閲覧)

※歴史的経緯や年代には諸説がある場合があります。本稿は2026年8月時点の公開情報に基づきます。